親事業者の遵守事項⑦~下請代金の支払遅延の禁止②
(4)「受領」と「提供」
支払遅延の起算点となるのが、受領日(役務の場合は提供日)です。受領については、親事業者が目的物を事実上支配下に置いた時点ですが、提供日は、実際に提供のあった日、役務がある程度の期間継続する場合には、その提供が終わった日になります。
従って、その日から60日以内に下請代金を支払わないと、支払遅延となります。
以上が原則ですが、これについては、若干の例外的な取扱いがガイドラインで認められています。
一つが、製造委託の場合です。
物品の製造委託の中には、下請事業者が親事業者の指定する倉庫に物品を預託し、親事業者がそこから随時出庫して使用するという場合があります。この場合、原則からすれば、倉庫に預託した時点で親事業者が受領したことになり、そこから最長でも60日以内に支払わなければならないということになるはずです。
ただ、このようなやり方の場合、下請事業者の生産の都合等で3条書面に記載された納期日前に納品がなされることもありますが、納期日前であっても、一旦受領してしまうと、そこから60日以内に支払わなければならないことになってしまいます。
そうならないために、親事業者からすると、納期日前に納品することは一切認めないという態度をとらざるを得なくなってしまいますが、これは必ずしも下請事業者の利益にならないと考えられます。そこで、以下の要件を満たす場合には、実際に預託した日ではなく、3条書面記載の納期日(納期日前であっても出庫した場合には出庫日)に受領したとする扱いが認められています。
① 納期日前に預託された物品については、親事業者や倉庫事業者を占有代理人とするなどして、下請事業者自ら占有しているという体裁をとること。
② 物品の所有権の移転時期を3条書面記載の納期日とすること。
③ ①と②が親事業者と下請事業者との間であらかじめ書面により合意されていること。
①を満たせば親事業者が自ら支配下に置いた(受領した)ことにならないのか、という点は疑問ではありますが、やむを得ないところでしょうか。
なお、これと似ておりますが、納期を定めず、親事業者が使った時点で受領したとする扱い(いわゆる「コック方式」)は、下請法上一切認められていないのでご注意下さい。
二つ目は、情報成果物作成委託の場合です。
情報成果物のうち、プログラムのようなものは、親事業者の元に納品されても、それが注文通りのものであるかどうかをすぐに判定することは通常困難です。
このような場合も、原則どおり、親事業者が受領した時点から60日以内に下請代金を支払わなければならないとすると、親事業者に酷となる場合も考えられるため、以下の要件を満たす場合には、親事業者が支配下に置いた時点を受領としなくてもよいとする扱いが認められています。
① 注文の品が、性質上、委託の仕様等に合致しているかどうかを外見上明らかにすることができないものであること。
② あらかじめ、親事業者と下請事業者との間で、注文の品を親事業者の支配下に置いた時点ではなく、注文の品が委託の仕様等に合致していることを検査で確認した時点で受領とすることに合意していること。
これは、すなわち、いわゆる検査のための受領を認めるということです。
ただ、この例外的な扱いは、納期を「検査の終了した日」とする扱いまで認めるものではありません。従って、3条書面には具体的な納期日を記載する必要がありますし、その納期日の時点で親事業者の支配下にあれば、検査が完了していなくても、受領したことになります。
三つ目は、役務提供委託の場合です。
役務提供委託も、原則からすると、役務の提供があった日から起算して60日以内に下請代金を支払わなければならないということになります。
ただし、役務には様々な形態があり、例えば、あるビルの清掃作業を月単位で下請事業者に委託するような場合、本来であれば、作業が終わったごとに支払期日を考える必要があることになりますが、それでは親事業者にとって煩瑣となってしまいます。
このため、以下の要件を満たす場合には、月単位で設定された締切対象期間の末日に、役務がまとめて提供されたものとする、という扱いが認められています。
① 下請事業者の提供する役務が同種のものであること
② 親事業者と下請事業者との間で、月単位で設定される締切対象期間の末日までに提供された役務に対して下請代金の支払いを行うということがあらかじめ合意され、その旨が3条書面に明記されていること
③ 3条書面に、当該期間の下請代金の額又は算定方法が明記されていること
なお、これにより認められる期間は最長でも1月であり、当然ですが、それを超える期間の設定は認められません。
(5)下請代金を振り込みで支払う場合
下請代金の支払いを銀行等の金融機関に対する振込によって行うことは当然認められていますが、暦の都合上、支払期日の末尾が金融機関の休業日に該当してしまうことがあります。
この場合、休業日の前に下請代金を支払えば、当然問題はないのですが、以下の要件を満たす場合には、60日を超える場合であっても、翌営業日払いが認められています。
① 順延する期間が土日など2日以内であること
② 親事業者と下請事業者との間で、下請代金の支払日が金融機関の休業日に該当する場合には翌営業日払いとすることが、あらかじめ書面で合意されていること
(6)その他の注意点
① 請求書の提出遅れ
実務上問題となりやすいのが、下請事業者からの請求書に従って親事業者が下請代金の支払を行っている場合に、下請事業者が請求書の提出を遅らせ、あるいは、請求書の提出を怠ったことにより、親事業者の支払いが遅れてしまった場合でも、支払遅延となるか、ということです。
結論から申し上げると、このような場合でも、公正取引委員会の考え方によれば、支払遅延となります。
親事業者にとって若干酷ではありますが、ご注意下さい。
② 下請事業者の要請により受領日を繰り下げる場合
似たようなケースですが、下請事業者からの要請に従って、受領の時期を遅らせることは認められるのか、という問題もあります。
これも、公正取引委員会の考え方によれば、認められないということになります。
下請事業者のも色々な事情があり、このような扱いを一切認めないということが、はたして下請事業者の保護になるのか、疑問なしとはいたしませんが、下請法とはこのようなものだと割り切っていただくしかありません。
親事業者の遵守事項⑦~下請代金の支払遅延の禁止①
(1)支払遅延とは
親事業者は下請代金を支払期日までに全額支払わなければなりません。
支払期日までに支払わないと「下請代金の支払遅延」といわれる違反行為になります。
下請法の正式名称は「下請代金支払遅延等防止法」ですから、支払遅延は、下請法の違反行為の代表的なものと言ってよいでしょう。
平成25年度の処理状況を見ても、支払遅延が1488件と、禁止事項の違反行為の66%を占めております。
支払遅延は、下請代金を支払期日までに支払わないと直ちに成立しますので、その意味で非常にシンプルな違反行為といってよいでしょう。
このため、支払遅延のポイントは、「下請法における支払期日」とは何か、ということになります。そして、これさえ守っていれば、支払遅延になることはありません。
(2)下請法の定める支払期日
下請代金の支払期日は、下請法2条の2に定められています。
第2条の2(下請代金の支払期日)
下請代金の支払期日は,親事業者が下請事業者の給付の内容について検査をするかどうかを問わず、親事業者が下請事業者の給付を受領した日(役務提供委託の場合は、下請事業者がその委託を受けた役務の提供をした日。次項において同じ。)から起算して、60日の期間内において、かつ、できる限り短い期間内において、定められなければならない。
2 下請代金の支払期日が定められなかつたときは親事業者が下請事業者の給付を受領した日が、前項の規定に違反して下請代金の支払期日が定められたときは親事業者が下請事業者の給付を受領した日から起算して60日を経過した日の前日が下請代金の支払期日と定められたものとみなす。
まず、第1項ですが、これは、下請代金の支払期日を決める際には、「給付を受領した日」(役務の場合は「役務の提供をした日」)から60日以内にするよう求める条項です。条文上は、「できる限り短い期間」とするようにとなっておりますが、これから分かるように、下請代金は、どんなに長くとも、物を受け取った日(役務の場合はその提供をした日)から60日以内に支払わなければならないということになります。下請法の大きな特徴の一つと言ってよいでしょう。
下請代金の支払期日は、通常、親事業者と下請事業者の契約で定めることになりますが、その期日を、物を受け取った日から60日以内に定めれば、支払期日は契約どおりとなります。
ところが、下請代金の支払期日を誤って、ものを受領した日から60日を超えて定められてしまった場合、第2項により、自動的に、60日を経過する日の前日が支払期日とされてしまいます。
また、うっかり下請代金の支払期日を定めないと、同項により、物を受け取った日に直ちに下請代金を支払わなければならなくなってしまいます。
いずれの場合でも、下請代金の支払期日を経過して支払わないと、支払遅延となります。
(3)支払遅延と遅延利息
なお、この点多少紛らわしいのが、年14.6%の遅延利息(第4条の2)の支払いです。
支払遅延は、下請代金を支払期日までに支払わないと成立しますが、遅延利息の支払いは、受領後60日を経過した日からになります。従って、例えば、受領の日から30日以内に支払うと契約した場合、30日を経過してなお支払わないと支払遅延となりますが、下請法上の遅延利息は、その後60日を経過するまでは課されないことになるのです。
夏季休業のお知らせ
当事務所は、平成26年8月13日から15日まで、夏季休業とさせていただきます。
よろしくお願いいたします。
親事業者の遵守事項⑥~下請代金の減額の禁止②
(4)減額の正当化事由
それでは、減額が正当化されるのは、どのような場合なのでしょうか。テキストには、ほぼ唯一の正当化事由として、「ボリュームディスカウント」が挙げられています。このボリュームディスカウントとは、「親事業者が、下請事業者に対し、一定期間内に、一定数量を超えた発注をした場合に、下請事業者が親事業者に支払う割戻金」のことです。つまり、この割戻金分を下請代金から差し引いて支払っても、下請代金の減額にはならないことになります。
もっとも、当然のことですが、ボリュームディスカウントと銘打てば、減額が正当化されるというわけではなく、一定の要件があります。
まず、形式的には、
①ボリュームディスカウントの内容・条件について、書面で合意されていること
②その書面の記載と3条書面に記載されている下請代金の額とを併せて実際の下請代金の額とすることが合意されていること
③3条書面とその書面との関連づけがなされていること
が必要になります。
①と③は問題ないと思いますが、②は、何を言っているのか少々分かりづらいかも知れません。これは、ボリュームディスカウントの条件を満たした場合、3条書面に記載されている下請代金の額からそれを控除した金額を親事業者が支払うことになりますが、そのままだと減額になる(減額を疑われる)ことになるので、ボリュームディスカウントによる割戻金分が支払われなくとも、引かれた額を支払った金額に足した金額が、実際の下請代金の額となります、ということを書面で合意しておいて下さい、ということです。
合意しても減額は減額だ、という公正取引委員会の扱いとも矛盾するように思いますが、そこは目をつぶるのでしょうか。
また、実質的な条件ですが、割戻金を払っても、発注数量の増加により、下請事業者の得られる利益が実際に増加していることが求められます。
なので、以下のような場合は、ボリュームディスカウントには該当しないことになります。
①対象品目が特定されていない発注総額の増加のみを理由に割戻金を求めること。
②単に、将来の一定期間における発注数量を定め、発註数量の実績がそれを上回ることだけで割戻金を求めること。
発註数量の増加によって下請代金の額を調整したいのであれば、ボリュームディスカウントについては(もっといえば減額については)要件が厳しいので、数量に応じた単価をあらかじめ定めておく方がよいのではないかと思います。例えば、1万個までは1個あたり100円とするが、1万1個からは、1個あたり75円にする、といったやり方です。これであれば、対価を決める際の問題なので、買いたたきにならないように注意すればよいからです。
(5)実務上注意すべき「減額」
①改定単価の遡及適用
単価の改定自体は減額の問題ではありませんが(やり方次第で買いたたきの問題は生じますが)、低額改定した単価を、発註済でまだ支払いがきていない取引にまで遡って適用すると、その分について、下請代金の減額となります。
下請事業者との間の合意は減額を正当化しませんので、既発注で支払いがまだきていないものについても引き下げられた新単価を適用すると、仮にそのような取扱について下請事業者と合意していても下請代金の減額となります。
単価を引き下げた場合には、その単価の適用は、引き下げ後の発注分からという点に注意して下さい。
②振込手数料の控除
下請代金を下請事業者の銀行口座に振り込んで支払う場合、何も合意していないと、通常は、支払う側の(つまり債務者である)親事業者が振込手数料を負担することになります。
にもかかわらず、親事業者が勝手に振込手数料を控除すると、当然のことですが、その分下請代金の減額になります。
もっとも、これについては、事前に書面で合意している場合に限り、振込手数料の実費相当額を下請事業者の負担とすることが認められています。これも、合意によって減額でなくなる例といえるでしょう。
減額が認められるのは、実際の振込手数料の範囲内に限られますので、例えば、手数料相当額として、一律1000円を減額するという方法は認められません。
③手形払いに替えた現金払い
下請代金を手形で支払うことも認められていますが、これを下請事業者の要請によって現金払いに替えた場合、手形の額面相当額を現金で支払えば何の問題もありませんが、親事業者からすれば、手形期間満了時までに用意しておけばよかった現金を、下請代金の支払期日までに用意しなければならなくなります。
そこで、このような場合、親事業者の短期調達金利相当額を減額して支払うことが認められています(当然ですが、それ以上減額すると違法になります)。
たまに、契約上は手形払いになっているにも拘わらず、現金での支払いが常態化していることがあります。この場合、現金払いに契約が変更されていると考えられますので、仮に親事業者の短期調達金利相当額であっても、減額すると違法になります。
④端数の切り捨て
下請代金に一円未満の端数が生じた場合、支払の時点で円未満を切り捨てることは、減額には当たらないとされています。
もっとも、一円以上の単位で切り捨てると減額になるので注意が必要です。
親事業者の遵守事項⑥~下請代金の減額の禁止①
(1)勧告対象のほとんどが「減額」
親事業者は、下請事業者に責任がないのに、下請代金の額を減額してはならないとされています。
これは、「下請代金の減額」といわれる違反行為です。
公正取引委員会が行う勧告(下請法7条)の対象になることが最も多いのが、この下請代金の減額です(ちなみに平成25年度に出された10件の勧告のうち、9件がこの下請代金の減額を対象とするものになります)。
勧告及び指導を含めた平成25年度の違反行為2250件の中でも、減額は228件と、支払遅延に次いで2番目に多いものとなっています。
参考:http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h26/jun/140604.files/260604.pdf
(2)「減額」とはどんな行為?
この違反行為を理解するポイントは
①「下請代金の減額」とは何か?
②「下請事業者に責任がある」とはどういうことか?
ということになります。
まず①ですが、「下請代金」については、下請法に定義が規定されており、「親事業者が製造委託等をした場合に下請事業者の給付(役務提供委託をした場合にあっては、役務の提供。)に対して支払うべき代金」(下請法2条10項)なので(ここには消費税・地方消費税相当額も含まれます)、この額を減らすと、「減額」になります。
下請代金の額は、発注段階で決定しているのが原則ですが、それを、発注後に決定どおり支払わないと、この減額が問題になるのです。この点、非常に判定の容易な行為といえるでしょう。
この減額ですが、親事業者が有無を言わさずに下請代金から差し引けば当然該当することになりますが、下請事業者が了解した上で下請代金から差し引いても、少なくとも公正取引委員会の見解では、違法な減額ということになるので注意が必要です。
また、過去の勧告事例等を見てみますと、実に様々な名目で減額が行われているようですが、名目の如何によって減額が正当化されることはありません。減額を回避しうる適当な名目はないかと頭を悩ませるのは、余り意味があることではありませんので、避けた方がよいと思います。
(3)下請事業者に責任がある場合とは?
減額も、下請事業者に責任があれば、違法ではありません。
もっとも、下請事業者に責任があると認められているのは、以下の場合だけです。
① 下請事業者に責任があるとして、「受領拒否」又は「返品」した場合に、その分を下請代金から減額するとき。
② 下請事業者に責任があるとして、「受領拒否」又は「返品」できるのに、そうしないで、親事業者自らが手直しし、手直しに要した費用を減額するとき。
③ 瑕疵や納期の遅れによって商品価値の低下が明らかな場合、客観的に見て相当と認められる額を減額するとき。
①は、そもそも受け取っていないのですから、代金を支払う必要はなく、下請代金を減額した場合には該当しないと思います。
②は、手直し費用の算定が明確にできないと、手直し費用の名目で不当に多くの費用を減らしたということになります。その場合は減額とされるおそれがあるので、実務上それほど登場するものではないかと思います。
③も同様に、「客観的に見て相当と認められる額」を親事業者が判断して減額を行うのは、実際には勇気のいる行為ではないかと思います。
結局、下請事業者に責任があるといえる場合は、ほとんど想定しがたいと考えておいた方が安全だといえるでしょう。「3条書面に記載された金額は、きちんと払う。」という原則をきちんと守るということが、この減額の禁止の違反を防ぐということになります。