アマゾン価格と不当廉売
今や売上からみると日本最大の書店となったといわれるアマゾン・ジャパンですが、同社は書籍だけでなく、電化製品、日用品などの他、衣料や靴などのファッション用品まで取扱対象を広げ、流通業界における一大勢力となっています。
そのアマゾンですが、昨年末頃、相次いでビジネス誌で特集が組まれました(週刊東洋経済12月1日号、週刊ダイヤモンド12月15日号等)。切り口は色々ありましたが、各誌とも共通していたのは、家電製品を取り扱うことになったアマゾンに対し、日本の家電量販店各社が非常に大きな脅威を感じているということです。
驚いたのは、日経ビジネス11月19日号によると、アマゾンは仕入れ値を下回る価格をサイト上で消費者に提示しているおそれがあるということです(同誌ではこれを「アマゾン価格」と命名しております)。
事の真偽はここでは問いませんが、気になるのは、このような行為が独占禁止法の不当廉売に該当しないのかということです。
不当廉売とは、
① 正当な理由がないのに、商品または役務をその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給すること
又は
② ①に該当しなくても、不当に商品または役務を低い対価で供給すること
によって、
③ 他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがある場合
のことです。
この「供給に要する費用」とは、公正取引委員会の考えでは「総販売原価」(仕入原価に販売費と一般管理費を足したもの)なので、そもそも仕入れ値を下回る価格は、この「供給に要する費用を著しく下回る価格」といえそうです。
現に、前述の日経ビジネスの記事にも、「継続的に仕入れ値を下回って販売するのは不当廉売の対象になり得る」という公正取引委員会の取引企画課長の談話が引用されています。
ただ、この方は、それに続いて、「ネットの場合、低価格販売が他の事業者にどれほどの影響を与えたかを算定しづらいため、公正な取引を阻害しているといいにくい」ともコメントしており、どうやら上記の③の認定が困難であると考えているようです。
公正取引委員会のこのような考え方は、やはり昨年12月10日に出された株式会社ヤマダ電機による株式会社ベスト電器の株式取得計画に関する審査結果にも見て取れます。
http://www.jftc.go.jp/pressrelease/12.december/12121002.pdf
これによると、アマゾンのようなインターネット販売を中心とする通販事業者と家電量販店との競争関係については、以下のように否定的です。
「インターネット販売を中心とした通販事業者による販売が家電製品の販売の一定割合を占めており、更に近年増加傾向にあることは認められるが、①ヤマダ電機から提出された資料によれば、自社の店舗に来店した顧客のうち通販事業者を買い回り先としている顧客は少数にとどまること、②家電量販店に対するヒアリング調査の結果によると、家電量販店と通販事業者は、ほぼすみ分けられており、通販事業者が緩やかな競争圧力となり得ても、強い競争圧力にはなっていないという意見が多くみられたこと、③通販事業者に対するヒアリング調査によると、家電量販店と通販事業者は価格面で全面的な競争関係にはないとしていること、④多くの通販事業者は、家電量販店と同等のアフターサービスや品ぞろえを提供しているわけではないこと等から判断すると、インターネット販売を中心とした通販事業者は、家電量販店に対し、ある程度の競争圧力となっている点は否定できないが、強い競争圧力になっているとまではいえないものと認められる。」
これは、住んでいる地域や念頭に置いている家電量販店によって異なるのかも知れませんが、ネットの価格を参考にしながら家電量販店で購入するかどうかを決めることは、私自身時々やっていることなので、個人的には余り納得がいきません。
また対アマゾンの急先鋒(?)のヨドバシカメラは、わざわざスマートフォン用のアプリを開発し、店頭でバーコードを読み取ると、アマゾンでの売値が分かるということまでしておりますが、公正取引委員会の立場からすると、余り意味のないことをしていることになるのでしょうか(私はそうは思いませんが・・・)。
なお、この件はアマゾンと家電量販店の問題にされておりますが、家電量販店(特に大手)は小売業として巨大な存在であり、特段保護が必要な存在とは考えられません。むしろ、アマゾン価格の他のネット通販事業者への影響の方がより問題ではないかと思います。
ただ、ネット通販事業は参入が容易と考えられ、他の価格戦略に対して柔軟に対応しうることから、少なくとも私が知る限りでは、他のネット通販事業者とアマゾンとが対立関係にあるという話は聞いたことがありません。むしろ、アマゾンに積極的に出店したりして、うまく共存できているのではないかと思います(アマゾンへの出店は一部家電量販店でさえ行っているので、事情は一層複雑です)。
これは、上記の要件でいえば、やはり③の「他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれ」の問題になると思います。ガイドラインによれば、これは「他の事業者の実際の状況のほか、廉売行為者の事業の規模及び態様、廉売対象商品の数量、廉売期間、広告宣伝の状況、廉売対象商品の特性、廉売行為者の意図・目的等を総合的に考慮して、個別具体的に判断される」ことになりますが、
・ネット通販事業者の中でアマゾンが最も安いというわけではないこと。
・家電量販店との表示価格の比較でも、アマゾンの方が安いものはそれほど多くないこと。
・売れ筋などの特定の商品だけ、一定期間仕入れ値を下回って販売するような場合も考えられること。
・家電メーカーの側でも、ネット向けの製品を製造したり、ネット用の型番を設けたりして、ほぼ同じ商品でも、違うもののようにしていること。
などの事情によれば、この要件を認めるのはやはり困難ではないかと思います。
そもそも、不当廉売はなぜいけないのでしょうか?
不当廉売ガイドラインによると、「企業の効率性によって達成した低価格で商品を提供するのではなく、採算を度外視した低価格によって顧客を獲得しようとするのは、独占禁止法の目的からみて問題がある場合があり、そのような場合には、規制の必要がある。正当な理由がないのにコストを下回る価格、いいかえれば他の商品の供給による利益その他の資金を投入するのでなければ供給を継続することができないような低価格を設定することによって競争者の顧客を獲得することは、企業努力又は正常な競争過程を反映せず、廉売を行っている事業者自らと同等又はそれ以上に効率的な事業者の事業活動を困難にさせるおそれがあり、公正な競争秩序に影響を及ぼすおそれがある場合もあるからである。」ということなのですが、これによれば、「企業の効率性によって達成した低価格」はいいが、「採算を度外視した低価格」は駄目、ということになるようです。
しかし、ここには、余り、企業の長期的な戦略やマーケティングの視点が感じられません。廉売をすることによって将来の需要増が見込めるのであれば、一定の場合に廉売を合理的としてもよいと思います。例えば、ある商品の品質を宣伝するための手段として廉売を行う場合と特定商品のユーザーが多いほどその商品の利便性が高まる場合などです。
アマゾンの場合は、前者の一類型とは考えられないでしょうか。全くの推測ですが、書店としてのイメージが強いアマゾンが取扱商品を拡大していることの宣伝の一環として「アマゾン価格」なるものを設定しているのではないかと思います。同社が送料を基本的に無料とするサービスを提供したのも、同じような理由ではないかと考えられます。
とすると、こうやってアマゾンの価格設定がマスコミで取り上げられること自体、同社の思うツボということになるのでしょうか。
拙文も同じくツボにはまったようですが・・・